2013年8月12日月曜日

松茸 家族 ぼんやす

今年の夏は、花火を家族で見ようということで
大阪で家族5人が揃った。

父親が、せっかくだからと大きな松茸を持って来た。

-前日のはなし-

前日入りした私は、その日の夜、祖母と2人で
「もし、この瞬間に大金が入ってきたら、何に使うか」
というテーマで話し合っていた。
私は、旅行がしたいと言い、
祖母に話を振ったら、
「松茸が食べたいなぁ〜」と言った。

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祖母は、父が松茸を持ってくるなんて事は知らなかったので
私はその事を伝え、2人でわくわくしながらその日を待っていた。

翌日、想像以上にでかい松茸が父の手によって運ばれてきて
それを見た祖母は嬉しさのあまり号泣。
「おじいちゃんに食べさせてやりたかった〜〜〜〜!!!!!!」
と叫び、子供のようにワンワン泣いていた。
お供えものとして松茸を一本、仏壇の前に供えて拝んでいた。

祖父が近くにいるような気がした。
家族がこの家族で本当に幸せだと、
私は何ども、母に話していた。


この日もまた一つ、いい思い出になった。


2013年8月7日水曜日

睡眠 夜行バス アイス

インプットの量が足りないのは十分なほどわかってるのに全然集中できない。




2013年8月6日火曜日

クリーム LINE ゲーム

毎日楽しいことができるなら
どれだけの時間も労力も厭わない。



夏 タイ anan


家族の話をすると、
人それぞれの育った環境とか、どんな親かとか、
今まででどういうことがあったのかとか
結構私の友人は話してくれる。

一人の友人は、親のためにする結婚とか
昔は全然理解できなかった
と言っていた。
でも今はどうやらちょっと考えが変わったみたい。

「自分の幸せが自分だけの幸せじゃないんだなって思った」
と言うその友人の言葉は
本物だと思う。


2013年8月4日日曜日

一喜一憂 話す 担々麺


これが上手くいったらこれも上手くいくかもしれないと
思うことが最近増えた。
それこそ、「禁欲は美」という考え方しか
今まで、してこなかったんだと思う。

この瞬間、この時、私がやっている行動は
すべて結果に繋がっていく。
だから、気を抜かずにちゃんとやらないといけない。
と思っていた。

考えてみれば、
常に緊張していたし
誰かと自分の状況を比べて
自分が恵まれているという思い込みを
常に自分に唱え続けてた。
それが決して無駄だと思わないけど
もっと自由で、気を抜けば
目の前にはもっと楽な気持になれることが
多く転がっているんじゃないかって今は思う。

そういうことを実感させてくれている
周りの人に大きく感謝をして
楽しいことをしたい。



2013年8月3日土曜日

チケット 明るい カレー

都写美に米田知子さんの作品展を見に行って来た。

写っているもの以上に
そこにある空気を写したいという気持がとても強い方なのかも、
と作品を見ながら感じた。

言葉をとても大事にする人で、
文章一文一文が感覚として自分ととても近い距離にあるような気がした。

作品のキャプションの中で、
過去と現在は再生と希望だ

みたいなことが書かれていて
それにはぐっときた。というか、これを探していたのかも!
と思うほど、今の自分の作品に近い言葉だと思った。

過去と現在が繋がっているその中で
見てにその状況を事実として提示することと
その状況に対して何を思うかを
問いかけている作品にすごく興味が湧いた。

作家は見手が思う以上に
ものすごいいろんなことを考えていることを思うと
この作品には本当に色々な入り組んだ作家自身の感情が
入っていることがわかった。



2013年8月1日木曜日

ロランス 杏仁 そば

友人からお祭りの誘いが来た。
その日はちょうど、大阪へ行って家族で花火をマンションから見る
という計画があった。

友人とのお祭りを優先したいと思ったので、
大阪の件は断ることに。
電話で母に伝えたら最初は了解してくれたので
そのままスムーズにいくかと思った。

次の日、母から泣きながら電話がかかってきた。
どうやら、母の母親(88歳)を殺す夢を見たようだ。
その殺し方が残虐だったこと、
それを自分が夢でもやってしまったこと、
怖くなって泣いたらしい。

その後で、どうしても花火大会に来て欲しいと言われた。
その時には、家族を優先することを決めていたので、
了解した。

私は祖父が亡くなったとき、近くにいてあげられなかった。
誰も教えてくれなかった。それが両親の私に対する気遣いだったと思う。
何も知らなくて、約1年間、私はカナダから
祖父は生きてるものだと思って
手紙を2ヶ月に1度くらいのペースで書いた。

母は私に、後悔してほしくないと思ってる。
だから、今回の花火大会も来てほしいとまで言われたんだと思う。
祖母との思い出を彼女が元気なうちに作ることが
母の願いなんだと思う。
私が行く事で安心するなら、いつでも優先したい。